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ヒトの内面葛藤ドラマとしての魔笛。激辛に耐えられるか?

 2007年2月・3月、チューリッヒオペラ座での収録。輸入が遅れたらしくてずいぶんと入手が遅れた。
国内版発売を切望する。
 アーノンクールとチューリッヒ歌劇場との共演の魔笛といえば、80年代のCDが残っているが、台詞をカットし、
筋書きをナレーターに語らせたものだ(ポネルの演出による上演と同時期なのだが映像は残っていない模様)。
 まず録音について。オーケストラの音は直接音主体、声楽は適度な距離感でブレンドして聞こえる。
そう大きくないホールでのオペラ録音であり、アーノンクールの克明なアナリーゼ、古楽器風の奏法を
取り入れたオペラ座管弦楽団の細かい音も聞きたいから、こういうバランスもありだと思う。
 マルティン・クシェイ(アーノンクールとの共演のDVDには「皇帝ティートの慈悲」がある)の演出は、
メルヘンとは全く無縁の激辛口・超モダン。もちろん演出の方向性は指揮者が決めたはずで
これは賛否が分かれるかもしれない。(廻り舞台上のセットは21世紀の病院みたいにしつらえてあって、
出演者は患者? 医師・医療スタッフ?という疑いを抱かせる)
 演出の根本的インスピレーションの詳細はわからないが、クシェイはシカネーダーの脚本をメルヘンではなく、
結婚間近の若者の内面の葛藤のドラマと捉え直したようだ。登場人物すべては、若者の内面に「住まう」
相対立し、強調しあい、補完しあう諸心理要素を擬人化したものではないだろうか。夜の女王、ザラストロ、
二組の恋人達、モノスタトス・・・すべてがユング的な原型論で分析できそうな登場人物達であり、
一人の若者の中で葛藤する心理的要素の擬人化にみえてくる。
(もしこの推測が当たっているのなら、これは精神・魂の治療ドラマ、したがって本当の意味での
「大人のためのメルヘン」「21世紀のメルヘン」ということになり、
私の「メルヘンではない」という当初の主張は覆ってしまう)
加えて若者に対する「性(愛)の誘惑」の強調され、これはアーノンクールのザルツブルグ音楽祭「フィガロの結婚」
と同じ方向性だ(演出はグート)。
 歌手は指揮者の意図を深く理解した粒よりの人たち。
 サルミネンは、最近30年間におけるザラストロのナンバーワン歌手にして、前回CD録音でも歌っている古くからの
アーノンクール理解者。タミーノのシュトレールは理想的なモーツアルト・テナー、アーノンクールとの共演では
「偽りの女庭師」が特に印象深い。エレナ・モスクは小柄ながら実にドラマティック・パワフルな夜の女王。
ルーベン・ドロールのパパゲーノはチャーミング。もちろんジュリア・クライターのタミーナも清楚。
 指揮者の解釈は、いつもながらの作品の徹底的なアナリーゼに基づくもの。室内楽的な精緻さと
見上げるような巨大さが両立し過去のどの指揮者とも似ていない。オケ、独唱者・コーラスはすべてアーノンクールの
精神と身体の<延長>となり「境界が消失」し、結果、すべての瞬間にアーノンクールの魂が宿る。